古い町並みが大好きな私、今回は東海道五十三次の47番目の宿場、三重県亀山市の関宿に来ちゃいました。約1.8㌔にわたる街道の真ん中あたりにあるのは、徳川家光の時代から370年続く銘菓「関の戸」の深川(ふかわ)屋。その看板、立派な屋根付きで「関の戸」の文字がピカピカの金で書かれています。庵(いおり)看板というそうですが、よく見ると西側は漢字、東側は仮名まじりの崩し字で書かれているんです。さて、どうしてでしょう?
答えは、「天皇が住む京都に敬意を表し、西側は固い漢字で書いた」から。なるほど、と納得させられますね。しかし、そこにはもう一つの意味があります。看板の東西の違いを東海道の宿すべてで統一することで、旅人が方角を迷うことなく旅を続けられたとか。すごいですね!
「庵看板が今も残るのは、東海道広しといえど、ここだけ」と教えてくれたのは、深川屋14代目の服部亜樹さん。一見、普通の商店主さんに見えますが、実はあの有名な忍者、服部半蔵の子孫なんだそうです。それもまたすごい!
関宿を思う気持ちは熱く、畳敷きの店内は江戸時代そのままの趣。伝統的な空間を生かしながら、博物館として保存するのではなく、時代に合わせて商いを続けています。売り物の「関の戸」の味も、「代々変えるべからず」と、血判を押してまで守り続けられてきた掟(おきて)を破り、新しく「伊勢茶味」をつくってしまった服部さん。そんな風雲児の挑戦はちゃんと受け入れられ、お店は新旧の「関の戸」を求めるお客さんがひっきりなしに訪れて、にぎわっていました。
あえて観光地化せず、町並みだけを見せる関宿も、観光客が来てくれないことには成り立ちません。10年ほど前、町のごみ箱が毎朝いっぱいになり、ごみの処理に困ったとき、地元の人たちが思い切ってごみ箱をすべて撤去しました。すると、住む人も訪れる人も、ポイ捨てをしなくなり、町がきれいになったそうです。そんなふうに協力し合って、古い町がピカピカに保たれているんですね。
ちなみに、もうこれが限度という意味で使われる「関の山」という言葉は、関宿の山車が大変立派で、それ以上のぜいたくはできない、といわれたことから来ているそうです。その山車は7月16、17日の土日、祇園(ぎおん)夏祭りで見ることができますよ。もちろん、このお祭りも江戸時代から続くものです。
名阪国道関ICを降りてすぐ、名古屋から1時間ちょっとの距離にある江戸の町並み。予約しておけば観光ボランティアの案内を聞きながらタイムスリップ気分を楽しめますよ~。ガイドの申し込みは、旅籠(はたご)玉屋歴史資料館(TEL 0595-96-0468)へ。旅の一服には、ぜひ銘菓「関の戸」をどうぞ!
ふかや・りな 岐阜県多治見市出身、名古屋芸術大学声楽科卒業後、1996年から東海ラジオアナウンサー。毎週月〜金16:00〜17:45に「山浦・深谷のヨヂカラ!」を担当。本コラムをラジオでお届けするコーナー「エコヂカラ」は4月27日(水)17:17ごろからの予定!
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